柴田章吾 -No border(株)代表取締役-
By Shogo Shibata Follow | Public

波乱万丈な人生を送ってきた。

全国制覇を経験した野球少年が、中3で難病「ベーチェット病」を患い、命はもちろん失明の危険にさらされた。
数多くの困難が立ちはだかったが、何時も乗り越えてきた。

初講演のオファーは大学1年生。

「難病を患い命の危険にさらされながら、いかにしてそれを乗り越え甲子園出場を掴み取ったのか。」

大事にしたのは、扱う言葉と心の在り方、なりたい姿をイメージすることの重要性だった。
「ありがとう」という言葉を発することで目に見えない力が働き、「感謝すること」で良い連鎖が続き、その結果どのような奇跡が起きたかを実体験に基づいて伝えた。厳しい練習ができない分、イメージトレーニングや効率的に時間を使うことを覚えた。

プロ野球引退後から講演活動を再開し、延べ約50講演に登壇。

主に小学校~大学、子を育てる保護者や教育者、自治体のイベント等で講演活動を行い、逆境を乗り越える心の在り方や、プロ野球選手として異例の外資系総合コンサルタントへの転身の経緯等、複数の講演テーマを持つ。

若干30歳、まだまだ途上かつ道半ばでありながら講演を続ける理由としては、自らが更なる飛躍を遂げるための発奮材料でもある。

プロ野球選手を引退し、ジャイアンツアカデミーコーチ、外資系総合コンサルタントに転身後様々な経験を経て、現在は起業家として活動。フィリピンや東南アジアを拠点に生活する傍ら、国内外問わず今後も講演活動を行っていく。

【略歴】
愛知県生まれ三重県育ち。平成元年生まれの30歳。小6時に4番・投手として全国制覇。中3で難病・ベーチェット病を発症。命の危険もあったが、愛工大名電高へ進学。高3時に投手として甲子園出場、24時間テレビの特番で取り上げられる。明治大学でも全国制覇を経験し、読売ジャイアンツへ入団。プロ生活3年間を経て引退、次はビジネスの世界へフィールドを移す。
ジャイアンツアカデミーコーチを1年経験し、東大・京大就職ランキング1位の外資系総合コンサルティング企業、アクセンチュア株式会社へ転職。製造・流通業のクライアント約10社に対して、業務改革・IT変革・ITシステム導入提案等を中心に3年半従事したのちに独立。
No border株式会社代表取締役に就任。日本文化を取り入れた野球アカデミーMillile+63 SamuraiをManilaに設立。野球を通じて夢を与える活動を行いながら、自らが大事にしている言葉の持つ力や教育にも力を注ぐ。東南アジアへの拡大を目指しながら事業を遂行している。

Announcements
  • 2019/11/15

    【地元・名古屋講演について】 普段は東京中心に講演活動を行っておりましたが、12月からフィリピン・マニラを拠点に活動するため、正式渡航前の11月30日、12月1日に地元・名古屋にて3講演実施することとなりました。ご存知の方もそうでない方も、ご友人や親子でのご参加心よりお待... read more 【地元・名古屋講演について】 普段は東京中心に講演活動を行っておりましたが、12月からフィリピン・マニラを拠点に活動するため、正式渡航前の11月30日、12月1日に地元・名古屋にて3講演実施することとなりました。ご存知の方もそうでない方も、ご友人や親子でのご参加心よりお待ちしております。 show less

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