パレスチナ人はなぜ怒り、イスラエルは何を恐れるのか? | Peatix tag:peatix.com,2011:1 2023-12-17T21:00:22+09:00 Peatix 関根和彦 パレスチナ人はなぜ怒り、イスラエルは何を恐れるのか? tag:peatix.com,2023:event-3752252 2023-11-09T19:00:00JST 2023-11-09T19:00:00JST ベグライテン 憲法カフェ@四谷 (第3期 第52回)パレスチナ人はなぜ怒り、イスラエルは何を恐れるのか?講師:奈良本 英佑 さん(法政大学名誉教授)日時:2023年11月9日(木)19:00~21:00(18:30から入室できます。)場 所:Zoomによるオンライン・ミーティングで行います。 パレスチナ人のイスラーム組織「ハマース」の奇襲、「報復」の名で行われている、連日のガザ地区への猛烈な砲爆撃。イスラエル側によると、ハマースの攻撃で外国人も含め約1400人が死亡、ガザ地区保健当局に依れば、パレスチナ側の犠牲者は、10月末までに8000人を超え、さらに増え続けています。これは、2014年夏、イスラエル軍の攻ガザ撃で約2200人以上が殺され、1万人以上が負傷した時をはるかに上回ります。「一発殴られたら、十発殴り返す」のがイスラエル側のやり方、アメリカに支持されているイスラエルが今回どこまでやるか。 今回の衝突は、10月7日、パレスチナ側の奇襲で始まったのですが、その後の惨劇を見ているだけでは、その意味は理解できません。その根源(Root Causes)をどこまでさかのぼるのか。解決の目途をどこに求めるのか?  ガザ封鎖が始まった2007年か、アラファートとラビンの頂上会談が失敗した2000年か、ガザ地区がイスラエルに占領された1967年?イスラエルが建国された1948年?もっと遡って、例えばイギリスの「三枚舌外交」までか。こうしたことを考えていただくきっかけになればと思います。講師略歴: 1941年生まれ。京都大学文学部卒、1965年から1980年まで、毎日新聞記者。               プリンストン大学院で中東史専攻、1991年から2021年まで法政大学教員。主な著書:「君はパレスチナを知っているか」(ほるぷ出版、1997年、ほか)「パレスチナの歴史」(明石書店、2005年);翻訳書、Y.ハルカビ「イスラエル・運命の刻」(第三書館、1990年)など参加費:一人 1,000円(入金後のキャンセルはご容赦ください。)申込み・支払い方法:このページの右側下方にある「チケットを申し込む」ボタン(橙色)をクリックして順に記入し、各自が選択された方法で事前にお支払いください。・コンビニ経由でのお申込み・お支払いは11月8日(水)まで、クレジットカードでのお申込み・お支払いは11月9日(木)18:00までです。ZoomのURL:お支払い確認後、11月9日(木)18:30~19:00に、ZoomのURL、ID、パスワードを、個別にご連絡します。Zoomを使用されたことのない方には、使用方法をお伝えします。申し込み時にお申し出ください。主催:ベグライテン*    http://begleiten.org/   https://www.facebook.com/begleiten2    https://twitter.com/Begleiten2001  問合せ先:関根 k_sekine@f7.dion.ne.jp  090-9146-6667* ベグライテンについて ベグライテンは、2001年7月に上智大学の社会人講座「死への準備教育~ホスピスボランティアとは~」(コーディネーターは、故アルフォンス・デーケン先生)の受講生が立ち上げた勉強会です。当初は終末期の患者にどのように寄り添うかについて学んでいましたが、学びの対象が介護、いじめ、引き籠り、自殺、貧困、犯罪被害と広がるにつれ、その背後にある社会、行政、政治の問題をも学ぶようになり、今ではケアと公共を学ぶ会に成長して来ています。  また、学んだことを活かすという観点から、当初から各自が様々なケアの現場でボランティアをしておりましたが、2011年の東日本大震災の時には、有志を募って岩手や福島にボランティアに行きました。この中で原発の問題を取り上げるようになり、2015年の安全保障関連法の強行採決の時には国会周辺の抗議行動にも参加しました。こうして行政や政治に対しても、様々な陳情、提言、意思表示を行うようになり、文字通りケアと公共を学ぶ「市民の会」に成長して来ています。  ケアの哲学と公共哲学を学び身につければ、ひとり一人が豊かに個性を開き、発展させることのできる社会を築くことができると信じて、学び、活動しています。  ベグライテン(Begleiten)は、デーケン先生から教えていただいた「共にいる」、「寄り添う」「伴走する」を意味するドイツ語ですが、私たちはこの言葉を「苦しんでいる人の傍にいる」と訳して、会の基本的な精神を表す言葉として会の名前にしています。