Takeshi Akutagawa
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ソーシャルwebサービス構築を専業とする、株式会社ネットスケット(http://www.netsket.com/)の代表取締役をしています。

Netsketではソーシャルイベントプラットフォームサービス
「everevo(イベレボ)」※http://everevo.com/
の開発・運営を行なっております。


[私の履歴書]
・青潮小学校(できる子時代)
 小5の時に、PC9801Mというパソコンを無理言って買ってもらいました。
 BASICでプログラムを書いたりしてました。
 水泳部に入っていました。
 勉強の成績は小4から小6まで、常に学年1番でした。


・湊中学校(いい子時代)
 生徒会の副会長的な事をやっていました。
 陸上部に所属していました
 もちろん非モテグループに属していました。
 中学時代の友達は、20年以上たった今でも仲がいいです(と僕は思っているが・・)
 校内暴力の余韻さめやらぬ中、ソリとボンタンが幅をきかす中学生活です。
 しかし、田舎の中学生はヤンキーと非モテグループが必ずしも主従関係という事でもなく、そこそこ交流があった事は面白い環境でした。


・八戸高校(暗黒時代)
 陸上部に所属していました
 もちろん非モテグループに属していました。
 あまりにもモテなさすぎて、性格がゆがんでいきました。
 中学時代まで勉強ができると思っていましたが、地元の進学校に入学した時点で、僕は凡人だと悟りました。
 でも、面白くていい奴らに囲まれ、それなりに幸せでありました。
 成績は下位で安定。陸上でも成果が出せず。そしてモテるわけでもなく。
 いわゆる「芥川暗黒時代」でありました。
 このまま八戸にいると、一生モテる事はない!モテるために東京に行くのだ!と一念発起して、大学受験に望みます。


・一橋大学(やさぐれ時代)
 見事に大学に合格した私は、合格発表を見に行ったその足で、「大学寮」への入寮を申し込みます。
 思えば、これが一番の人生の転機になりました。
 大学寮は大学の敷地内にあり、一日中を寝巻き同様で過ごすアヘン窟でした。
 バブル崩壊から間もない事もあり、トレンディドラマのようなあこがれの東京生活とは全くかけ離れた、引きこもり生活が始まります。
 大学には全く行きませんでしたが、モテるためにテニスサークルに所属しました。そこで今の嫁をGET!見事上京の目的を果たした次第です。
 目的を果たした僕は、もちろん大学には行かず、深夜のカラオケバイトとインターネット(テレホ)、ゲーム、マンガ、たまに麻雀、に明け暮れる大学生活を送ります。
 大学を2回留年し、まわりの同級生が就職活動を行っているのに、未だ大学2年生という状況に焦った僕は、「みんなみたいなエリートルートはもう乗れないや」とあきらめ、ちょうどはまっていたパソコンとインターネットに関連したビジネスができないかと画策し始めます(のび太的思考)


・学生ベンチャー(自分探し時代)
 ETICという団体が開催していたベンチャー企業へのインターンのマッチングイベントをネットで見つけ、孫さんの弟がやっていたindigoという会社に行こうと思っていたのですが、当日泰蔵さんが来てなかったため、隣にブースを出していたシネックスという会社にインターンに行く事に。
 後日面接に行くと、インターンじゃなくて、学生ベンチャーをやれ、とシネックス関戸社長(当時)にいわれ、そのまま自由が丘で学生仲間4人で学生ベンチャーを開始。高齢者にパソコンを教えるパソコン教室を行いました。会社名は「ソフィアクラブ」※後に「エンパワーメント」と社名変更。


・(株)キャラバン(社会の枠にはめられかけ時代)
 学生ベンチャー内ではに主に技術色の強い役回りだった僕は、本格的にインターネットビジネスをやりたくなり、そのために技術を身につけなければいけないと考えるようになります。
ちょうど世田谷区主催のパソコン関連イベントで一緒に共催する事になった、(株)キャラバンの人達と仲良くなり、後日キャラバンのインターンに参加。
 全くシステム開発を行った事が無いにもかかわらず、独学で組み込み業界のマーケットプレイスのシステムを構築。同時期に、当時では珍しい「インターネットコミュニティ論」に関する卒業研究も行い、卒論を書き上げます。
(おそらく人生で一番脳みそが気持ちよく回転していた時期でした。)

 そして・・そのまま就職をしてしまいます。
 時期はネットバブル→バブル崩壊後の時期。経験者がほとんどいない中、サーバからDB、プログラムまでの一切合切を吸収していきました。
 しかし一方、社会人として、みんなができる事(報連相とか、時間を守るとか)が全くできない自分に愕然とし、少しずつ、自分の個性を見ないようになっていきました。思えば精神的に一番きつかった時期でした。

・(株)ネットスケット(独り立ち時代)
 前職は3年で退社し、独立するつもりでしたが、結局4年間お世話になりました。
 起業のあては無かったのですが、えいやぁで独立してしましました。
 個人事業主として3年、製薬会社のシステムからアダルトサイトのシステムまで、とにかくいろいろと作りまくりました。
 4年目にさしかかる時期に(株)ネットスケットとして法人化を果たします。
 大学時代からのテーマである「真に意味のあるコミュニケーションとは?」を掲げ、優秀な人材に囲まれ、今に至る、そんな状態です。

ここからは、まさに今の僕らです。一緒に時代を作っていきましょう!

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