Moeko Hayashi
By Moeko Hayashi Follow | Public

私は、デイサービス、居宅介護支援事業所を運営するとともに、施設の職員や、家族に認知症を抱えている方へ環境や関係を整えるファミリーケアを教えています。

認知症介護は、コツさえつかめば、世間で言われているほど辛く、厳しいものではありません。認知症があってもなくても同じような介護を提供できます。

環境を整え、介護のテクニックを身につければ介護に喜びを見つけられるようになっていきます。大切なのは、頑張りすぎずにリラックスして、その人自身に寄り添う事です。その気持ちをベースに介護をしていると、自分自身への大きな癒しはもちろんの事、自分が介護される側になったときにも、家族から素敵なギフトをもらえる事でしょう。私はこのような介護環境を提供すると同時にその環境をつくるためにサポートをしています。



1986年:両親が自宅で高齢者と障がい者・幼児の入居と預かりのケア施設を始める。そのため12歳から、お年寄りや障がいのある人たちとの生活が始まる。そこでは、「その人の人生の質を高める」という理念のもと、入居者とお互いに信頼しあい、その人らしく人生を送れる最高の介護が行われていた。

従来の枠にとらわれない高齢者、障がい者、学童が三位一体となった『小規模多機能、共生ケア』を目指した介護、教育の在り方に、テレビや新聞の取材も受け、ドキュメンタリー映画にもなる。

その当時、家庭の方針では両親を手伝うのは当たり前のことだった。共同生活の中で自然に、認知症患者との『関わり方』を学んでいった。
徘徊するおじいさんに付き添って、一緒に迷子になったり、自分の娘の名前で呼んで 可愛がってくれるおばあさんに、毎日、たくさんの笑顔と喜びがあった。普段は本を読むのが好きな静かな子供だったが、看護師である母親を喜ばせたくて、自然に看護師を目指し施設を継ぐのを当然と思っていた。

しかし、高校までは、友だちには家の仕事のことは、なんとなく恥ずかしくて言えなかった。初めて友だちに話した時、すごいね!と言われて、言ってもよかったんだと安心したことを憶えています。



1994年

看護師になってからは、家からは離れ、都立病院の脳外科などで10年以上、看護師としてのキャリアを積む。

認知症についても学術的・体系的に学びを深めていった。

仕事は充実してやり甲斐があり一時は病院勤務で一生を終わらせようと考えたことも合ったが、やはり『認知症介護が楽しい、好きだ』と気づく。

26歳で結婚し3人の子育てをしながら仕事を続けていたが、完璧主義な性格のため、人間関係のストレスから喘息で苦しんだこともあった。それでも学びがあると思っていくつかの一般病院にも勤務し看護師を続けていた。

2011年

実家のケア施設を手伝うために実家の近くで介護保険下のサービスを提供する事業所の社長に就任。

そこで業界のかかえる、数々の課題に直面し、子供のころ見てきたこと、看護のプロとしての知識と経験から、

もっと認知症介護の喜びを、多くの人に知って欲しい。

『関わり方』を変えることで、認知症の要介護者・介護者・家族全員が幸せになれる方法があることを伝えたいと

『認知症大学』の設立の準備をはじめる。



認知症大学設立に先駆け介護以外の経営、心理、コミニケーション、指導法、教授法なども学ぶ。

日本高齢者アタッチメント協会を設立予定

要介護者とその家族の人生の質を高め、関わりの可能性を開く、

『その人らしく生きていくこと支える』最高の介護を世界に発信しています。