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ヴェニスの商人

インターナショナルシアターカンパニーロンドン第42回日本ツアー
Description
出演:Andrew Goddard、Max Robertson、Caroline Colomei、Joel Sams、Holy Hinton、Gareth Davies

公演時間: 約 2時間30分(前半 80分、休憩 20分、後半 50分)
英語上演、日本語字幕

【ITCLについて】
 2015年1月、ドイツから始まった世界公演ツアー。ヨーロッパ各国での公演を経て、5月に42回目の来日公演を行います。ITCLは、フィジカルシアターというユニークなグロトフスキー・メソッドで鍛錬した演劇人によって 1980 年に結成された劇団です。劇団設立当初から芸術監督を務めるポール・ステッピングスは、長年に渡る海外での英国文学作品普及に追力した功績に対して、2013年、英国王室より勲章を受賞致しました。日本では、古典長編作品を中心とした公演が20年以上 続けられています。

 英国の劇団でありながら、世界の国々を公演先とし、公演国数が多いという点で、ユニークな劇団です。今回の世界ツアーでは、ヨーロッパ諸国を中心に全17カ国にて公演予定。本公演は、今回の世界公演ツアーで初めてお披露目となるITCLの新作であり、6名の役者により上演します。少人数の俳優による上演は、この劇団のもう1つのユニークな点です。1人の役者が複数の役柄をこなすこともあり、役者の変化ぶりも見所の1つとしてお楽しみください。
 
 日本で行われる数少ない原語上演(英語)。日本にいながら本場の英国演劇を楽しめる貴重な機会。シェイクスピアの台詞の持つ響きの美しさと、楽しさをご体感ください

【受賞アワード】
・City of Munich prize for new work (1983, 1987): 「Abendzeitung star」
・ミュンヘンビエンナレー演劇祭 最優秀創作戯曲 1991: 「ジャズの魔法使い(Wizard of Jazz)」
・5 star award from the Edinburgh Festival 1999: 「シャーロック・ホームズ 」
・Best of the fringe award Edinburgh Festival Daily Express newspaper London 1999: 「Brave New World 」
・EU Music theatre festival Greece 最優秀作品賞 2001: 「白鯨」
・テヘラン “Dawn” Arts Festival 最優秀作品賞 2004: 「ハムレット」
・International theatre Institute worldwide selection for music theatre 2009 : 「Marcopolis」 (Co-production with Athens Concert Hall)
・Guangdong-Shanghai festival directing prize 2013: 「じゃじゃ馬ならし」
・シンガポール Arts Achievement award :  「オリバーツイスト」 (2010), 「ハムレット」 (2004), 「ロミオとジュリエット」 (2014)

注: 上記の作品には、日本未上演作品が含まれています。

【ヴェニスの商人 あらすじ】
 舞台は水の都ヴェニス。商人アントーニオは、親友バッサーニオから苦しい胸の内を打ち明けられる。彼は、ベルモントに住む美しく裕福な令嬢ポーシャに恋い焦がれており、結婚を申し込みたいのだが、求婚のための資金として先立つものがないという。

 大切な親友を助けたいアントーニオだが、貿易商である彼の全財産は今は航海中の船の上。どうにかして3000ダケッツという大金を工面するべく、彼は悪名高い強欲な高利貸しシャイロックのもとを訪れる。

 日頃より自分たちユダヤ人を差別するヴェニスの人々およびアントーニオに対して激しい恨みを募らせていたシャイロック。そこで彼は、金を貸す一つの条件を示す。それは万一期日までに返せない場合、借金の肩代わりとして、アントーニオの胸の肉1ポンドを切り取るというものだった。期日までには商船が十分に間に合うよう帰ることを見越して、アントーニオはシャイロックの条件を聞き入れ、証文をとりかわしてしまう。

 その頃、ベルモントでは莫大な富を相続した美しく聡明なポーシャのもとに次々と求婚者たちが訪れていた。彼女は、亡き父の遺言により、金・銀・鉛の3つの箱のどれかに秘められた自分の肖像画を選んだものと結婚するよう定められていたのだ。

 正しい箱が当てられず、失敗し次々と去ってゆく求婚者たち。愛するポーシャのため、バッサーニオも箱選びの試練に挑戦する。

 そんな折、アントーニオの積み荷を乗せた船が難破し、彼の全財産が失われてしまったという知らせが届く。借金の返済ができなくなった彼に証文通り、胸の肉を取り立てようと裁判に訴えるシャイロック。窮地に立たされたアントーニオは?そして、バッサーニオの恋の行方は…?

【監督ノート】
 ゲットーの壁にセットされた一連のブロンズ像がヴェニスあります。そのゲットーからは、何千人ものユダヤ人が強制収容所に送還され、ほとんどが生還することはありませんでした。私は最近、この“ゲットー”を訪れたのですが、まさに“ゲットー”という言葉の起源となり、ユダヤ人が自身の保護と集団虐待のために閉じ込められたヨーロッパで最初の場所でありました。

 シェイクスピアの「ヴェニスの商人」という作品では、シャイロックのヴェネチア子孫の宿命を無視することは出来ないでしょう。この舞台は我々を魅了し、悩まします。そして西洋文学において、最初に完成された満足のゆくユダヤ人像を表しています。しかしこの作品は、人道的な登場人物の反ユダヤ主義だらけなのです。

 現代における作品はこのことに対処していかなければなりません。実際多くの作品はシャイロックの不適切な部分を削除し、商人の資本主義を非難することで対処しています。その他の作品は、ムッソリーニ時代のイタリアでの劇を設定し、1930年代のものと容易な比較を展開しています(ばかげています。ヴェニスの商人の演劇は法に守られていて、独裁国家ではありません)。

 では、この複雑でスリリングな作品をどう論じるのでしょうか?シェイクスピアの“問題作品”の一つであることでよく知られていますが、彼はこの作品を意図を持って執筆し、安易な答えを避けたと思うのですが、ヨーロッパ文化は反ユダヤ主義によって定義され境界線を敷かれているというGregor Rezzoriのアイデアに近づいています。(Rezzoriの「反ユダヤ主義の回想」Memoir of an Anti-Semite: A Novel in Five Storiesを参照)

 まず始めに、この作品は喜劇であるという事実に対処せねばなりません。この喜劇は二つの織り合わされた構想を通じて機能します。ポーシャとバサーニオの恋愛物語と、アントニオ、シャイロックと同じくバサーニオの法廷ドラマという構想です。すべてのシェイクスピアの劇作品と同じように、それぞれの構想には一方の解説があり、テーマや著者にとって大切なアイデアを発展させています。そしてそれぞれは解決しているのです。ポーシャはバサーニオを痛烈に懲らしめたのち彼と結婚した(ネリッサがグラシャーノを懲らしめたように)。結婚はこの喜劇を決定的なものにしました。本来のキリスト教徒の観客にとって、法廷ではある種のハッピー・エンドとなっています。男装したポーシャはシャイロックに屈辱を与えるが、彼を助けることもしました。シャイロックとジェシカの二人の改宗は天の救済に繋がるでしょう。

 現代の観客は文化の壊滅や人種差別による報復を見る一方で、16世紀の観客は、慈悲ではなく救済を与えられた無慈悲な男を見ていたのです。今日、ゲットーのブロンズ救済はユダヤ人の壊滅と強制的な改宗を、ポーシャとグラシャーノと共に得意げに笑うことを許さない。間違いなく我々はこれを拒否します。
我々の作品では、シェイクスピアが喜劇と見せ場の間で、意図している「バランス」を保つようにしてきました。そしてマイナーなキャラクターを取り除き、ヨーロッパ全体とヴェニスでのユダヤ人の歴史を反映するエンディングを勝手ながら提言してきました。

 シャイロック:私の命でも何でも取り上げてくれ。許してくれとは言わない。
  家を支える柱を取るのは家を取り上げるのと同じ
  生きるための資産を取られるのは命を取られるのと同じ

 彼の家や財産、生活、娘やまさに彼のアイデンティティを奪われたら、シャイロックは生きていけないという風に私には見えます。スペイン異端審問所(容赦ない尋問)からナチスに加えて、改宗したユダヤ人でさえも(というか特に?)かつてユダヤ人だったということでしばしば殺害されたのです。私達はシャイロックの最後の台詞によって提案されたエンディングを選びました。

 しかし、私達はシャイロックを被害者、もしくは暴力的な報復に対する、自身の無慈悲な執着がいくらか正当化された男にしてしまった罠に陥らないようにしました。シャイロックは間違っているのです。血生臭い彼のアントニオの追求は、屈辱によって正当化されるものではありません。シャイロックが慈悲深い人間であったならば、裁判は彼を大富豪だと認め享受するよう放任したことでしょう。我々はこの真実から避けることは出来ません。

 この法廷ドラマは明白です。シャイロックをアントニオの鏡として見る一方で、両者とも頑固で偏執狂な男。二人は愛着と情熱ある金を悲惨な結果と混同したのです。そしてアントニオは見事なまでに複雑で憂鬱な人物です。バサーニオに対する執着は現代の目には同性愛に見えますが、おそらくシェイクスピアの時代ではそれはプラトニックで、彼のソネットに見られる、男性の切望のようなものだったと思います。

 我々の現代のそれに同等するものは、戦闘中に兵士が話すような愛、もしくは単に官能的な愛よりも情熱的であるとされるものに当たるでしょう。しかし、我々は(確かに劇を歪めるといけないので定義しないでおくのがベストだろうが)定義し、アントニオを批判することが出来きます。彼のミッションは殉教のように見えます。彼は起こりうる犠牲を楽しんでいるのです。

 ヴェニスにあるルネサンス期の教会を訪れることは、神聖な殉教者の悩める栄光を明らかにするでしょう(ティントレットはその素晴らしい肖像画家であります)。アントニオとシャイロックは同じ金貨のそれぞれの面であって、厳格で執着心があり、ジェシカとバサーニオ、それぞれへの愛を貫き通す事が出来ないような男達です。その悲劇に毒され、彼らは下方に向かう螺旋、自らが作った野蛮な渦の中に消えてゆく。劇の終わりまでに解決策を見い出す時間は決して与えられない。つまり、シェイクスピアの喜劇において特に他とは異なるエンディングです。

 ネリッサと同様にポリーシャもいますが、ジェシカでさえ新風を吹き込み、女性らしい理屈や知性を与え、ヴェニスを悩ます男性の価値観に対して完全な軽視をもたらしています。こうした活力に満ちた女性達、つまりこの三人共が男装し、彼女らを虐げる男性を懲らしめるのです(ジェシカもまた父親であるシャイロックをだますとしても)。

 もしこの劇が反ユダヤ主義を映す不穏な鏡だとしたら、フェミニズムの素晴らしい先駆けでもあります。「お気に召すまま」や他の作品は、女性は男性よりずっと賢明ですが、「ヴェニスの商人」では女性は劇の喉を掴み、男性の愚行にもかかわらず援助なしに解決策を作り上げるのです。我々の作品はこのことを賞賛し、泣かすとともに笑わせてもくれます。「ヴェニスの商人」は解決策を与えてくれる作品ではないのです(「マクベス」のように)。その人気は筋書きや強い個性、よく表している法廷のシーンなどにあるのですが、とりわけ我々自身に鏡を向けているからです。おそらく我々は自身が見るものを好きにならないかもしれませんが、シェイクスピアは真実を取引しているのです。自分達を、作品である鏡の中に見つけるのは、我々次第なのです。

ポール・ステッビングス ミュンヘンとヴェニスにて 2014年12月

Event Timeline
Mon May 25, 2015
6:30 PM - 9:30 PM JST
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Venue
イズミティ21 小ホール
Tickets
学生 ¥2,500
大人 ¥5,000
Venue Address
宮城県仙台市泉区泉中央2丁目18−1 Japan
Organizer
インターナショナルシアターカンパニーロンドン
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